前の噺で、AIの進化について書きました。
その最後に少し触れたのが、現在放送されている『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』です。
AIがこれだけ身近になった今、『攻殻機動隊』を見たらどう感じるんだろう。
そんなことを考えながら見始めたのですが、改めて思いました。
やっぱり『攻殻機動隊』って、すごい作品だよなあ。
『攻殻機動隊』って、いつからあると思います?
『攻殻機動隊』というと、近未来を描いたSF作品という印象が強いと思います。
人間の脳とネットワークが直接つながる「電脳化」。
人間の身体を機械に置き換える「義体化」。
高度に発達した人工知能。
そして、ネットワークそのものを舞台にした犯罪。
今見ても十分に未来的な世界です。
ところで、この『攻殻機動隊』。
原作漫画が発表されたのは、いつ頃だと思います?
今から37年前。
Windows 95の登場よりも前。インターネットはもちろん、パソコンも今のように一般家庭で当たり前に使われるものではなかった時代です。
そんな時代に、人間とコンピュータがネットワークでつながり、情報そのものが大きな価値を持ち、AIが人間の社会に入り込んでくる世界を描いていたことに、今さらながら驚かされます。
そして37年後の今。
私はAIと普通に会話をしながら文章を書いたり、調べものをしたり、プログラムを作ったりしています。
電脳化したわけではありませんが、ポケットにはいつでもネットにつながるスマートフォンが入っています。
昔は完全なSFとして見ていた世界と、現実との距離が少しずつ縮まっている。
そう考えると、『攻殻機動隊』の先見性には改めて驚かされます。
変わったのは、作品の中だけじゃない
そんなことを考えながら、もう一つ思ったことがあります。
アニメになる作品の生まれ方も、ずいぶん変わったよなあ。
昔から、小説が映画になったり、漫画がアニメになったりすることはもちろんありました。
人気の漫画を読んでいて、
「お、いよいよアニメになるんだ!」
と楽しみにした経験もあります。
ところが最近、この流れに新しい源流が出てきていますね。
Web小説。
インターネット上で小説として公開される。
読者がつく。
書籍になる。
漫画になる。
そしてアニメになる。
そんな道をたどる作品が、今では珍しくなくなりました。
代表的なのは『転生したらスライムだった件』でしょう。
もともとは「小説家になろう」で公開されていたWeb小説です。
そこから書籍になり、漫画になり、アニメになり、今ではWeb小説を読まない人でも知っているような大人気作品になりました。
インターネットが、物語の発表場所になる。
そして、そこで読まれていたものが、書店に並び、漫画になり、テレビの中で動き始める。
そんな時代になりました。
活字中毒には、Web小説は危険です
そして私の場合、ここに大きな問題があります。
もともと活字を読むのが好きなんです。
小説でも実用書でも、とにかく昔から何かを読んでいることが多い。
そんな人間がWeb小説というものを知ってしまいました。
これが、なかなか危険です。
今では「小説家になろう」と「カクヨム」の新着を読むのが、ほとんど日課になっています。
面白そうな作品を見つければ、とりあえず読んでみる。
気に入れば、そのまま続きを読む。
一つ読み終わっても、また次の作品が見つかる。
しかもWeb小説には、とんでもなく長い作品もあります。
読み終わっても、次があります。
その次もあります。
さらに「おすすめ」で別の作品も紹介される。
活字中毒の人間にとって、これは実に相性のいい――いや、悪い世界です。
これらの作品が「無料」で読めるということはとてもありがたいことなのですが、圧倒的に時間が足りません。
どの作品からWeb小説を読み始めたのかは、もう覚えていません。
『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』。
『異世界居酒屋「のぶ」』。
『異世界食堂』。
『勇者パーティーを追い出された器用貧乏』。
『聖女の魔力は万能です』。
『無限ガチャ』(正式名は長いから省略!)。
ずいぶんいろいろ読んできました。
そして、気に入った作品はWeb版を読むだけで飽き足らず、
書籍版も読む。コミカライズ(漫画)版も読む。アニメも観る。
同じ作品なのに、です。
同じ物語だけど、全部見たい
「同じ話なんだから、一つ読めばいいんじゃない?」
と言われれば、まあ、その通りなのかもしれません。
でも、違うんですよね。
Web小説を読んでいるときに想像していた風景、人物像。
書籍になれば、イラストが付く。
コミカライズされると、自分が想像していた世界が絵として形になる。
そしてアニメになれば、本当に動いて、声まで付く。
「おおっ! ずいぶん豪華な声優陣だな!」
と驚くこともしばしば。
逆にアニメから先に知った作品をweb小説で読んで、
アニメでは描き切れていなかった部分に納得したり。
もちろんWeb版と書籍版との間でも物語の展開が大きく変わっていることは珍しくありません。
同じ物語なのに、媒体が変わると楽しみ方も変わる。
だから、気に入った作品ほど結局全部見ることになってしまいます。
更新が止まったと思ったら……
Web小説を読んでいると、独特の出来事もあります。
毎日定時にきっちり更新されていた作品の更新が、ある日ピタッと止まる。
「あれ?」
「作者さん、大丈夫かな。」
「続きを考えるのが大変になった?」
なんて少し心配しながら待っていると、しばらくして――
「書籍化が決まりました」
これも面白いんですよね。
自分がWebで読んでいた作品が少しずつ読者を増やして、本になる。
そこから漫画になって、さらにアニメになることもある。
すでに完成している作品を書店で見つけるのとは、ちょっと違います。
作品が育っていく途中を、読者として、またひとりのファンとして見ている。
そんな感覚があります。
もちろん、すべての作品がそうなるわけではありません。
更新がそのまま止まってしまう作品もあります。
だからこそ、読んでいた作品の書籍化が発表されると、
「おお、よかったなあ」
なんて、勝手にうれしくなったりします。
Webから作品がなくなることもある
気に入った作品がいつまでもWebで読めるとは限りません。
『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』もWebから生まれた作品ですが、私が読もうと思った頃には、すでにWeb版は公開されていなかったため、紙の本を買いました。
Webで生まれた作品だからといって、いつまでもWebで読めるとは限らない。
ある意味、Web小説との出会いは一期一会と思ってよいのかもしれません。
だから、更新が止まる日が来るかもしれないと思いながらも、毎日新着の通知を楽しみにしてしまうんですね。
物語の入口が、ものすごく増えた
昔は本屋へ行って、本棚を眺めながら面白そうな本を探していました。
漫画なら漫画雑誌。
小説なら文芸誌や文庫本。
アニメならテレビ。
もちろん今でも、それらはあります。
でも、そこにWebという巨大な入口が加わりました。
「小説家になろう」や「カクヨム」の新着から、まだ知られていない作品を見つける。
Webで読んでいた作品が書籍になる。
漫画から原作小説へ行く。
アニメを見てWeb版を探す。
何年も前から読んでいた作品のアニメ化を楽しみに待つ。
もう、どこが入口なのか決まっていません。
今度アニメになる『転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す』も楽しみにしています。
こちらはすでにティザーPVも公開されていますね。
この作品に限らず、原作を先に読んでいると、頭の中に自分なりのイメージができていて、
「あ、自分が想像していた感じとはちょっと違うな」
と思うことはよくあります。
でも、それがイヤというわけでもなくて、
「なるほど、アニメならではの表現だ!」
「この声優さん、意外だったけど、これはこれで…」
と思ったり。
これも、原作を先に知っている作品がアニメになるときの楽しみの一つですね。
そしてこのアニメでWeb小説の存在を知って、原作へたどり着く人もいることでしょう。
一つの物語に、いろいろな方向から人が集まってくる。
これも今のコンテンツの面白さなのだと思います。
37年前の未来と、Webから生まれる物語
今のようなインターネット社会になる前に、ネットワークと人間が深く結びついた未来を描いた『攻殻機動隊』が1989年。
そして今、2026年。
現実のインターネットは、情報を調べたり、人と連絡を取ったりするためだけのものではなくなりました。
そこは新しい物語が生まれる場所にもなり、そこで生まれた物語を、私のような人間が見つけて読む。
読者が増えて、本になる。
漫画になる。
アニメになって、今度はそれを見た人が原作を探しに来る。
37年前に描かれた「ネットワークにつながった未来」とはまたちょっと違う形で、ネットワークは私たちの暮らしの中に入り込んでいます。
そして活字好きの私にとっては、
読むものも、見るものも、次から次へと出てくる。
実に困った時代になったものです。
まあ、困ったと言いながら、今日も「小説家になろう」と「カクヨム」の新着を見ているんですけどね。
最近、アニメを見るのが面白いんだよね、っていう、そんな噺です。
最近は、アニメやWeb小説の「タイトル」についても、ちょっと気になることがありまして。

