浦安の舞の練習が続いています。
別な記事にも書いたように、うちの神社では、小学生の巫女たちが祭典で浦安の舞を奉納します。
毎年練習をしているわけですが、ふと考えてみると、舞そのものは昔から変わっていないのに、練習の仕方や音を鳴らす道具は、ずいぶん変わってきました。
18年前の中学生が、今も先生です
今、練習のお手本に使っている動画は、18年ほど前に撮影したものです。講習会で、中学3年生の子たちがお手本として浦安の舞を舞っている映像です。
昔のビデオカメラで撮影したものなので、画質はお世辞にも良くありません。それでも使い続ける理由は簡単で、手本としてこれ以上ないほど分かりやすいからです。
うちの巫女たちは小学校6年生まで。動画の中で舞っているのは中学3年生。小学生から見ればぐっとお姉さんで、身のこなしも格段に上手です。自分たちよりずっと上手だからこそ、今でも立派な手本になります。
そしてもう一つ、動画の中学生たちが、本番用の装束ではなく「Tシャツとジャージ」で舞っているのが、とても都合がいいのです。
巫女舞は、どの位置で舞うかによって少しずつ足の運びや身体の向きが違います。4人の中学生それぞれのTシャツの柄や髪型が違うおかげで、子どもたちにとって、
「自分はこの人を見ればいいんだ」
という目印が、とても分かりやすいのです。
もし4人全員が本番同様に千早を着て緋袴を履いていたら、練習する子どもたちは、誰の動きを追えばいいのか見失ってしまいます。
画質や音質が良ければ、必ずしも良い教材になるわけではないんですね。
ビデオから、家で見られる動画へ
この映像も、最初はVHSテープのビデオで見ていました。
その後DVDになり、今はYouTubeの限定公開にしています。
動画の中身自体は同じですが、YouTubeにしたことで、見られる場所が格段に増えました。スマートフォンやタブレットで見られるので、わざわざテレビの前に座る必要もありません。家の都合などで稽古を休んでも、自宅で動きを確認できるのは大きな利点です。
今は、この専用チャンネルに浦安の舞だけでなく、千早の紐の結び方の動画へのリンクも置いてあります。言葉や写真で説明するのは案外難しいものですが、実際の手の動きを見てもらった方がずっと早い。今後は、ちょっとした動画マニュアルのように育てていければな、なんて思っています。
音を鳴らす機械も変わりました
音源の再生方法も、時代とともに変わってきました。
最初は市販のCDを買い、ポータブルCDプレイヤーで再生していました。
ところが、夏祭りのときに炎天下へ置いていたCDが熱で歪んでしまい、再生中に音が揺れたり、派手に音が飛んだりするようになってしまいました。そこで新しいCDを買い直し、以後は熱に強くて扱いやすいMDへ録音して使うようになります。
MDは安定していましたが、今度は再生機器が重く、装束一式をはじめとした大荷物と一緒に持ち歩くのが一苦労でした。
そこで今は、解約済みの古いiPhoneとBluetoothスピーカーの組み合わせに落ち着いています。
普段使っているスマホではありません。本番中に電話が鳴ったり、通知音が響いたりしたら大変だからです。ほぼ「浦安の舞専用機」です。
これに変えてから、運用の負担がぐっと減りました。
ACコンセントを探す必要もなく、大きなデッキを置く場所もいりません。スピーカーは祭具の陰など、目立たない場所にそっと置いておけます。曲の再生や停止も、手元のiPhoneひとつでスマートに操作できます。
荷物もひとつ減りました。「たかがひとつ」と思われるかもしれませんが、重い装束や祭具を運んでいるときには、そのひとつが本当にありがたいのです。
変わらないものを残すために、変える
かけ算九九は、どうやって覚えたでしょうか。
九九そのものは昔から変わりませんが、覚えるための方法や道具はいろいろあります。浦安の舞も、それと少し似ています。
覚えるべき舞が変わらないからこそ、18年前の動画が今でも現役の手本になります。
けれど、覚えるためのアプローチや、音を鳴らす機械はどんどん進化してきました。これから先も、もっと使いやすい仕組みが出てくれば、迷わずそちらへ移行すると思います。
神事も同じで、これから先も長く続けていくために、時代に合わせて日程や段取りを見直すことがあります。
「伝統を守る」というと、昔のやり方を頑なに固定することのように思われがちですが、本当に変わらないものを残すためには、変えていい部分を柔軟に変えていく工夫こそが必要なのだと思います。
守るべきもの
道具がどんなに便利になっても、動画が手元で手軽に見られるようになっても、最後に神前で舞うのは生身の子どもたちです。
道具や練習方法は、これからも変わっていくでしょう。
少しでも綺麗に舞えるよう稽古を重ねることも大切ですが、何より子どもたちが元気に集まり、4人で息を合わせて舞を奉納してくれること。
それを一番大切に守りながら、今日も練習を見守っています。
浦安の舞は同じでも、道具と覚え方は変わった、って、そんな噺です。
