さだまさしさんは天才かよ、って噺

さだまさしさんは天才かよって噺
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私がさだまさしさんを知ったのは、小学生か中学生かのころでした。

友達が一本のカセットテープを貸してくれたんです。

「これ聞いてみろよ!」

テレビで放送された番組か何かを録音したものだったと思いますが、なにしろずいぶん昔のことなので、そこははっきり覚えていません。

もちろん、録画ではありません。

カセットテープです。

私にとってさだまさしさんは、まず「面白い人」として認識されたのかもしれません。

そして、実際にその録音テープはとても面白かった。

歌もよかった。

そこからシングルレコードを買うようになり、やがてLPを買うようになりました。

気がつけば、すっかり大ファンになっていました。

目次

歌詞がいい、だけじゃないんです

さだまさしさんが好きだというと、「歌詞がいいんだよね」と言われます。

もちろん、いいんです。

ものすごくいい。

でも、私はそれだけではないと思っています。

彼が作るメロディもいい。

じゃあ、「いい歌詞に、いいメロディを付けている」のか。

それもちょっと違う。

私には、言葉とメロディが最初から一緒にできあがったかのように聞こえるんです。

言葉を曲のリズムに無理に押し込んでいる感じがしない。

言葉が自然に流れて、それがそのまま歌になっている。

うまく言葉にできません。

「とにかく、すごいんです」

でもいいんでしょうけど、それではこの噺がここで終わってしまいます。

困りました。

『まほろば』と『パンプキン・パイとシナモン・ティー』

私が対照的だなと考える二つの曲があります。

『まほろば』と『パンプキン・パイとシナモン・ティー』。

どちらも1979年のアルバム『夢供養』に収録されています。

『まほろば』は、とにかく言葉が美しい。

奈良の風景や歴史、その中にいる人の感情までが、美しい日本語と旋律の中から浮かび上がってくるように感じます。

歌詞を読んで意味を理解してから景色を想像するというより、歌を聴いていると、先に景色が見えてくる。

そんな曲です。

ところが、『パンプキン・パイとシナモン・ティー』はずいぶん違います。

まるで早口言葉みたいな曲です。

なのに、ちゃんと陽気な歌として完成している。

しかも、ちゃんとメロディも耳に残る。

まったく違う二つの曲なのに、どちらも歌詞とメロディを別々にして語れる気がしないんです。

その言葉だから、そのメロディになった。

そんな感じがします。

どうやったら、こんな歌を作れるんでしょう。

天才かよ。

……いや。

だから、「天才」で片づけたくないんです。

天才、というだけではない

さだまさしさんは、3歳からヴァイオリンを学んでいたそうです。

小学生の時にその才能を認められ、小学校を卒業すると同時に、ヴァイオリンを学ぶために長崎の親元を離れ、一人東京へ出てきました。

中学生ですよ?

東京で決して楽とはいえない生活をしながらヴァイオリンを続けました。

でも、目指していた音楽大学附属高校の受験には失敗します。

後には大学も中退しています。

子どものころから音楽の才能に恵まれ、そのまま順風満帆にスターになった人ではありません。

努力して、挫折して、進む方向を変えて、それでも音楽を続けてきた。

やがて吉田政美さんとグレープを結成し、『精霊流し』『無縁坂』などの名曲を世に送り出し、その後ソロで活動を始めます。

もちろん、ものすごい才能を持った人だと思います。

でも、

「天才だからできた」

で終わらせてしまうのは、なんだか違う気がするんです。

才能がある。

そして、ものすごく努力もしている。

私は、そんなところにも惹かれているんだと思います。

長江の最初の一滴を見たい

そして、この人は時々、とんでもないことをします。

「長江をさかのぼって、その『最初の一滴』を見たい。」

そんな想いから映画を作ってしまいました。

製作、構成、音楽、監督、出演まで自分でやり、長期にわたって中国で撮影を行い、結果的に、30億円近い借金を背負うことになります。

普通なら、

「長江の源流を見てみたいなあ」

で終わります。

旅行くらいはするかもしれません。

映画は作りません。

たぶん。

私がこの話を好きなのは、「30億円の借金をした」という派手な部分だけではありません。

見たいと思ったものを、本当に見に行ってしまう。

そのために作品まで作ってしまう。

そういう人なんですよね。

チケットを買うために一晩過ごした

私が初めてさだまさしさんのコンサートへ行ったのは、大学に入ってからでした。

チケット発売の前夜、チケット売り場近くにできた列の中で、夜が明けるのを待ちました。

(おぉ、今思えば iPhoneの行列に並ぶより前に、こっちで行列の中の徹夜を経験していた!)

そこには、私よりずっと強烈なさだまさしファンの人たちがいました。

初対面です。

でも、笑顔で手を振りながら、列の最後尾に並んだ私に声をかけてくれて、

「あの曲がいい」

「この曲もいい」

「あのときの話が面白かった」

「最前列の席が取れたら双眼鏡持って行こうね!」ーーこれは彼のステージトークの鉄板ネタにしてもらうためーー

そんなことを話しているうちに、夜が明けていきました。

広いホールの中のどのあたりの席がその売り場に割り当てられているのかという確たる情報もないまま、チケットを買うために徹夜しているんです。

でも、楽しかったんですよ。

好きなものが同じ人たちと、夜が明けるまで好きなものについて話す。

そして、その先には初めてのコンサートが待っている。

チケットを買うところから、もうコンサートは始まっていたのかもしれません。

歌を聴きに行ったはずなんですが

そして、実際のコンサート。

もちろんどの曲も素晴らしかった!

でも、この人はしゃべります。

よくしゃべる。

そして、それがものすごく面白い。

さだまさしさんのステージトークをまとめた本に『噺歌集』があります。

「話」ではなく、

「噺」。

歌を聴きにコンサートへ行ったはずなのに、

「今日はどんな噺をしてくれるんだろう」

という楽しみがある。

笑わせていたかと思えば、いつの間にか真面目な話になっている。

そして、そこから自然に歌へ入っていく。

私は、そんなさだまさしさんの影響で、彼が学んだという落語にも興味を持ちました。

そして、

自分も面白い話ができる人になりたい。

そう思うようになりました。

ひと笑いもらえると、うれしい

もちろん私は落語家にはなりませんでした。

でも、仕事をしていると人前で話す機会があります。

数年前までは小中学校やPTAから講演を頼まれることもありました。

そんなとき、こちらが話したことに会場から笑いが返ってくる瞬間があります。

あれが、まぁなんとも嬉しいんです。

「よっしゃぁ!」

って思います。

講演なんですけどね。

別に笑いを取りに来たわけではないけど、ひと笑いもらえると妙な達成感がある。

なぜなんでしょう。

根っこにはさだまさしさんのステージトークへの憧れがあるのかもしれません。

ただ何かを説明するだけではなく、

人に何かを伝えるなら、できれば面白く伝えたい。

そう思うようになったのは、間違いなくさだまさしさんの影響だと思います。

これも「噺」なんです

そして今、私は自分のブログ記事のタイトルに、

「○○って噺」

と付けています。

「話」ではなく、

「噺」。

『噺歌集』という本のタイトルから、ちゃっかりいただいてます。

デジタルのことでも、神社のことでも、車のことでも、

「これについて今から私の考えを書きますね」

っていう感じではなく、

「ちょっと聞いてくださいよ、あのね、この間ね!」

くらいのところから始めたい。

少しくらい脱線してもいいし、「くすっ」てなってもらえたら、もっとうれしい。

それでも最後には、何かちょっとしたひと言ぐらいが伝わればいい。

そういう文章を書きたいものです。

天才かよ

歌詞がすごい。
メロディがすごい。
ヴァイオリンも弾く。
噺が面白い。
映画まで作ってしまう。
小説も書く。

そういったことを並べれば、

「さだまさしさんは天才だ」

と便利な言葉でまとめてしまうのが一番簡単です。

でも、いろいろな困難、挫折を乗り越えながら、歌を作り、歌い、しゃべり続けてきた。

そして、その歌や噺が誰かの人生の中に残っていく。

私も、その「誰か」の一人だったようです。

今でも授業や講座でひと笑いもらえると喜んでいます。

そして、自分の文章に「噺」と付けています。

思いっきり影響されてるじゃないですか。

また、噺を聞きに行きたい

もう長いこと、さだまさしさんのコンサートには行っていません。

できれば、また行きたいですね。今度は妻も連れて。

歌を聴きたい。

もちろん、それだけではありません。

生で彼の噺を聞きたい。

また会場へ行って、歌を聴いて、噺を聞いて、笑って帰ってきたい。

そして、きっとまた思うんでしょう。

天才かよ。

……いや。

だから、その一言で片づけたくないんですけどね。

さだまさしさんは天才かよ、っていう、そんな噺です。


そんな私が、パソコンと付き合い始めたのは15歳の頃でした。

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この記事を書いた人

デジタルのことや神社のこと、趣味や日々の中で気になったことを書いています。自分自身の記録も兼ねたICT310の管理人です。

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