30年前のソフトは動かない、って噺

30年前のソフトは動かない、って噺
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30年くらい前の、Mac用のCD-ROMが手元にあります。

Mac用のマルチメディアソフト「機動警察パトレイバー デジタル・ライブラリー Vol-01」です。

Mac用の古いOS「漢字Talk7」時代のソフトで、QuickTimeを使って映像などを見るものだったと記憶しています。

ディスクそのものは、ちゃんと残っています。
傷だらけになったわけでもありません。
見た目だけなら、今売っている音楽CDやDVDと大して変わりません。

だから、なんとなく思うんですよ。

これ、今のBlu-rayプレーヤーやパソコンのドライブに入れたら、何とかならないのかな。

もちろん、そんなに簡単な話ではありません。

CD-ROM自体は読めても、その中に入っている昔のMac用ソフトが今の環境で動くとは限りません。

ただ、こういうとき、

「拡張子を変えたら中身が見えた」とか
「ファイルを開いてみたら画像や動画がそのまま入っていた」

なんて、変な過去の成功体験があると、

「アプリは動かなくても、中にQuickTimeのムービーくらい残っているんじゃないか」

とか考えてしまいます。

Windowsから覗いてみたり、今のMacから見てみたりしたのですが、ムービーファイルだけ取り出せるような、分かりやすい構造ではないようです。

時間を掛けてじっくり解析すれば、何かしら見えるのかもしれません。

ただ、インタラクティブなコンテンツだった記憶があるので、オープニングムービーだけか発掘できてもなぁ、と思って、その時は諦めました。

ディスクは残っている。
データも、おそらくそこにある。
でも、開けない。

ちゃんと残しておいたはずなのに、簡単には見られないんです。

目次

同じ丸い板なのに

考えてみれば、円盤型のメディアはずいぶん増えました。

音楽CD
CD-ROM
DVD
Blu-ray

ちょっと昔にはCD-GやCD-Vなんてものもありました。

見た目だけなら、どれも似たような丸い板です。

これはゲームも同様で、メーカーが違えば「読めないよな」と納得もできますが、PlayStationなんて、同じSONYの同系列のはずなのに、どの世代のゲームがどの本体で動くのか、なかなかややこしい時期がありました。

形が同じだからといって、互換性まであるとは限らない。

そんなの当たり前だと言われれば、その通りなんですが、物理的にはトレイへ載ってしまうから、

「入るんだから、何とかしてくれよ」

と思ってしまうんですよね。

新しすぎて読めないこともある

SDカードは逆のパターンです。

昔の機械へ新しい大容量のSDカードを入れると、形は同じでちゃんと刺さるのに、使えないことがあります。

さっきのCD-ROMは、

古すぎて、新しい機械では扱えない。

SDカードは、

新しすぎて、古い機械では扱えない。

方向は逆なのに、どちらも見た目は同じです。

機械とメディアの間で、

「形は合ってるんだけど、話が通じない」

みたいなことになっています。

USB-Cは、同じ時代なのに分からない

そして現在、USB-Cという規格があります。

これはもう、さらに一段ややこしい。

同じUSB-C端子なのに、

充電だけなのか。
データ通信はどのくらい速いのか。
映像は流せるのか。
大きな電力を流せるのか。

ケーブル側も含めて、見た目だけではよく分かりません。

全部高性能なUSB-Cケーブルでそろえればいいのかもしれませんが、高性能になるほど太かったり、固かったり、高かったりします。

機器のおまけについてきたUSB-Cケーブルなんて、箱から出してしばらくすると、

「君は、何ができるケーブルだったっけ?」

と正体不明になります。

昔は、端子の形を見ると用途がかなり分かりました。

プリンターの大きなパラレル端子
RS-232C
PS/2
VGA
音声の3.5mmジャック

今はUSB-C一本でいろいろできるようになりました。

端子の形が揃って便利になったはずなのに、何ができるのかは、かえって分からなくなりました。

消えた規格、残った規格

昔の規格でも、残っているものは色々あります。

3.5mmの音声ジャックは、今使っているMacBook ProにもミニPCにも残っています。

USB-Aも、うちのデスクトップではまだまだ現役です。

これはこれでありがたい。

キーボードやマウス、USBメモリなどなら、変換アダプタを使って新しい機器へつなげることもできます。

XLR、いわゆるキャノンプラグも長く使われている規格の1つですし、カセットガスなんて、昔からの形のまま、今のカセットコンロでも使えています。

一方で、LカセットやLaserDisc、βのビデオテープのように姿を消したものも数え切れないほどあります。

何が残って、何が消えるのか。

単純に「新しい方が優秀だから」というだけでもなさそうです。

十分便利で、広く普及していて、変えることで得られるものより互換性を失う不便の方が大きければ、古い規格でも残る。

逆に、もっと便利なものへ仕事をきれいに渡せれば、長く使われた規格でも消えていく。

古い規格が生き残るのは、進歩していないからではなく、もう十分うまく社会と共存できているからなのかもしれません。

残したのは、ディスクだけだった

話は最初のMac用CD-ROMへ戻ります。

私はそのディスクをちゃんと保存していたつもりでした。

でも今になってみると、残しておかなくてはならなかったのは、ディスクだけではなく、

当時のMac。
当時のOS。
QuickTime。
そのソフトが動く環境。

そして、それらをつなぐための周辺機器・ケーブル類まで含めた、ひとまとまりの環境だったようです。

前記事に書いた40年くらい前の毛玉取り器は、乾電池を入れればまだ仕事をしてくれました。

ところが30年くらい前のソフトは、ディスクが残っていても動きません。

機械は壊れれば使えなくなる、というのは自明のことでも、

壊れていないのに、周りの時代が変わったせいで使えなくなるものもある。

それは、なかなか気付かないものですね。

30年前のソフトは動かない、って、そんな噺です。

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この記事を書いた人

デジタルのことや神社のこと、趣味や日々の中で気になったことを書いています。自分自身の記録も兼ねたICT310の管理人です。

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