待ってればいいのに、って噺

待ってればいいのに、って噺
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パソコンを使っている人を見ていて、

「ちょっと待ってればいいのになぁ」

と思うことがあります。

反応がない。
 クリックする。
まだ反応がない。
 もう一度クリックする。
 さらにクリックする。

そのうち、最初のクリックで起動し始めていたアプリが順番に、二つ三つと開き始める。

「あれ、いっぱい出てるけど?」

出したのはあなたです。

目次

反応がないと、もう一度押したくなるのは分かる

学校でも、よく見かけます。

オフライン版のScratchでプログラミングの授業をしていたときも、起動が待てない児童は何度もアイコンをダブルクリックします。

何も起きない。
 もう一回。
まだ何も起きない。
 もう一回。

しばらくすると、Scratchがちょっと見には分からない感じで多数起動してきます。

最大16個起ち上がったときもありました。

もちろん、そのぶんパソコンの動きは重くなります。

「ブロックが動きません!」

まぁ、そうなりますな。

オフィスの印刷でも似たようなことがあります。

印刷ボタンを押したのに、プリンターから紙が出てこない。

もう一度押す。
 まだ出ない。
もう一度。

実はパソコンの中では、ちゃんと印刷の準備ができていて、プリンターの準備ができるのを待っているだけだったりします。

そしてプリンターが動き始めると、同じものが何枚も出てくる。

「なんか印刷がとまらないんです~!」

A4用紙1枚とかならともかく、これが数十ページある会議資料だったりすることも。

これも、待っていれば起こらなかった悲劇ですね。

機械のほうが、人を待っていることもある

パソコンのインストーラーの中にも結構厄介ものが潜んでいます。

セットアップファイルをダブルクリックしたのに、何も起きないように見える。

そこで、もう一度ダブルクリックする。

でも実際には、表計算ソフトとかの裏側にこっそり確認画面が出ていて、こちらの返事を待っていたりします。

そういう時、タスクバーで別のアイコンが点滅していたりするのですが、意外と見落としちゃいますね。

そこに気づかず何度もインストーラーを起動して、

「なんか似たような注意書きがいっぱい出てる!」

となる。

気持ちは分かります。

何も起きていないように見えれば、何かしたくなりますもんね。

子どもはもっと押す

スマートフォンやタブレットだと、さらに分かりやすいです。

子どもがゲームを起動する。

なかなか始まらない。
 画面をタップする。
 タップするタップする。
 ものすごい勢いでタップし続ける。
 タップし続けながらよそ見をする。
 タップする場所もだんだん適当になってくる。

その指先あたりに突然、別なゲームやコミックの広告が表示される。

子どもたちの指は意図せず、広告をタップする。

「変なの出た!」

ゲームを始めたかっただけなのに、気がつけば妙な画像が出てきて焦る。

これも、

「待ってればいいのに」

なんですよね。

でも、待ってるだけでいいのかが分からない

ここまで書いて、少し考えました。

待てない側ばかりが悪いんだろうか。

何も表示されない画面を前にして、

「これは正常に動いています。もう少し待てば大丈夫です」

と判断するのは、案外難しいものです。

パソコンに慣れていれば、「今、裏で何かしてるな」と想像できることがあります。

昔のパソコンならランプが激しく点滅することで「あ、動いてるな!」と判断できました。

でも、画面に何か変化がなければ

「押せてなかったのかな」
「ダブルクリックできてなかったのかな?」

と思ってしまうのは当然のことです。

待たせる側も、

今ちゃんと動いていますよ

とわかりやすく伝える必要はありますよね?

待ち時間は、見せ方で変わる

信号機でも、残り時間が棒グラフのように減っていくものがあります。

楽しくおしゃべりをしてる時の30秒と、豪雨の中で傘をさして信号を待つ30秒では、たぶん同じ長さには感じません。

待ち時間というのは、時計だけでは測れないものなのかもしれません。

パソコンでは、作業の進み具合を見せるために、プログレスバーという表示がよく使われます。

少しずつ棒が伸びていけば、

「ああ、進んでるな」

と思える。

もっとも、99%のところから全く進まないアップデートなんてのも、某メーカーの主要製品でたくさん見せられてきましたから、

「数字を出すなら正しく意味を持たせろよ」

と言いたくなります。

AppleのMacシリーズで、

「アップデートがあります。ダウンロード済みです」

と表示されれば、ファイルサイズを見て

「このサイズのインストールだけなら、20分ぐらい?」

と予想したりします。

ところが某オンラインゲームの更新で、とんでもない数のファイルがカウントアップされていくのを見ると、

「全ファイル突き合わせしてんのかよ」
「今日中におわるのかい?」

という気分になります。

進捗が見えることで安心する場合もあれば、

残りの多さを見せられて、絶望する場合もある。

難しいものです。

待っていることを忘れさせる

昔の家庭用ゲーム機には、ゲームの読み込み中にミニゲームを遊ばせるものもありました。

待っている時間に別のことをさせれば、待ち時間は短く感じます。

よく考えた仕組みです。

でも私は、

「そこまで作るなら、本編をもう少し早く起動できるように努力してくれ」

とも思っていました。

待たせ方を工夫するのは大事ですが、そもそも待たせない方が良いに決まっています。

ゲームの起動中にメーカーのロゴや、ゲームエンジンのロゴが表示されるのも、似たようなものなのかもしれません。

「壊れているわけじゃないよ~動いてるよ~」
「準備ができるまでもうちょっと待っててね~」

という事なのでしょう。

ただし、それが五つも六つも続くと、

「はやく遊ばせてくれよ」

ーーこの話、前にもしたような気がします。

待たせ方にも、言い方がある

人間同士でも似ています。

「少々お待ちください」 と、
「少々お待ち頂けますか?」

と言われるのでは、少し受け取り方が違います。

機械も人間も、

ただ待たせるだけではなく、

どう待ってもらうか

というのが大事なのかもしれません。

何度もクリックする人を見て、

「待ってればいいのに」

と思うことはあります。

でも、待っていることが正しいと分かるように、あるいは何度も押した結果を悲劇(時に喜劇)につなげないよう、システム側で配慮しておくことも必要なのではないでしょうか。

そしてできれば、

「思ったより早かった」

と思わせてくれるアプリやゲームだとうれしいです。

まあ、待たなくてもいいのが一番なんですけどね。

待ってればいいのに、って、そんな噺です。

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この記事を書いた人

デジタルのことや神社のこと、趣味や日々の中で気になったことを書いています。自分自身の記録も兼ねたICT310の管理人です。

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